トラウマを超えていく

トラウマを超えていく


こんばんは。看護師の悩み解決専門カウンセラーの坂口です。



「トラウマ」は、みなさんにとってもおなじみの言葉ですが、きっと、多くの人が大なり小なりトラウマを抱えているのだろうと思います。


かくいう私も、やはり遭遇する場面によって、トラウマが蘇り、引きずることがあります。


そんなとき、心の中でいつも、似たようなセリフをつぶやくことで、何となく気持ちが落ち着いてはいたものの。


あるとき、その言葉をつぶやき続けている自分に、ほんの少し、違和感を持ちました。


それは、「○○(という出来事)があったんだから、こんな風に反応するのは仕方がないよな・・・」という言葉。


例えば、この言葉が。自分の辛い気持ちをどうすることもできずにいる時につぶやくことで、少しでも楽になれるのなら、それは非常に意義のあることだといえるでしょう。


しかし、非常に感覚的なことなのですが、これまで幾度となく自分を受け入れ、なぐさめるような言葉がけを自分に対してする時に、「ん?何かちょっと違うぞ?」と、感じたことがありました。


それは、第3者に、自分の行動に対して何かを指摘された時に、「だってしょーがないじゃーん。あれだけの経験をしたからトラウマになってるんだもーん」などと、自分の行動に対し、開き直るかのような言葉をこれまで幾度となく発している自分に違和感を持ったのです。


私は、トラウマがあることによって日常生活を送るのに支障が出るほどではありませんので、自分が持っているトラウマに対し、今は別に克服しようとも思っていません。


しかし、「克服したいけれど、トラウマになっているからできない」ではなく、「克服する気は別にないのに、どうして自分は言い訳のようにこの常套句を使うのだろう?」


私が抱いた「違和感」は、そのようなものでした。


結局、私は、実際に克服する気が起こるか起こらないのか。


あるいは、克服するための行動をとるのか否かは別にして、無意識に自分の可能性というものを、やる前から狭めてきたのかもしれないな。と感じました。


私たちの記憶として残っているトラウマの原因となった出来事というのは、「実際に起きたこと」という純粋な事実であるということはありえません。


なぜなら、トラウマというものは、「事実+(自分の)解釈」が合わさって、記憶として残るものなのです。


ですから、ある程度のトラウマに関しては、自分の解釈を変えれば、消えてしまうのものは確実にあると私は思っています。


本当に、どうにもできないトラウマを、何とかしようと躍起になる必要はないけれど、何でもかんでも「過去(の出来事)があるから(今は、そしてこれからも)きない」というように、過去と今、そして未来を結びつけるのは、無理があるし、自分というものを限定しすぎているとも思います。


なぜなら、「過去にそうであったから、今も、あるいは未来もそうであるとは限らない」からです。


トラウマで、自分の今を、そして未来の可能性をつぶすような考え方は、そろそろ抜け出してもいいのかな。と感じる今日この頃でもあります。

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